1792年9月24日、ロシア最初の遣日使節アダム・ラクスマン一行は、帆 船エカテリーナ号でオホーツク港を出港し、同年10月20日に根室に入港しま した。冬が近づいていたのでエカテリーナ号を弁天島につけ、乗組員42名は上 陸して家を建て、翌年6月15日までの8カ月間、根室で過ごしました(年月日 は全て現在の西暦に換算しています)。 当時の根室には、松前藩の役人・商人 ・アイヌの人々らが数十人住んでいました。ラクスマンは漂流民の返還の名のも とに、通商交渉と来航目的を告げ、日本側は直ちにこの事実を松前に知らせまし た。 すぐに松前藩と江戸幕府から、根室へ交渉の役人らが着きましたが、本交 渉は松前で行われました。
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