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■ 漂流民大黒屋光太夫

光太夫と磯吉(早稲田大図書館蔵)

 天明2年12月(1783.1)に、伊勢白子港(三重県鈴鹿市)から、江戸(東京)に向けた、船頭大黒屋光太夫(幸太夫とも書く)ら17人を乗せた神昌丸が、出港しました。ところが、途中で嵐にあい、7カ月も漂流し、アリューシャン列島のアムチトカ島に漂着しました。光太夫らは、この島で4年間過ごし、ロシア人と共同して船を造りカムチャツカに脱出。さらにオホーツクからイルクーツクに送られ、日本語教師になるよう要請されましたが、あくまで帰国を希望し、ここで会った学者であり実業家であるキリル・ラクスマンの尽力により、ペテルブルグまで行き、エカテリーナ2世女帝に謁見し、帰国が許されました。
 光太夫らは、キリルの息子アダム・ラクスマンがロシア最初の日本への使節とし て派遣されるのに伴われることになりました。
光太夫と磯吉(早稲田大図書館蔵)
小市の遺品(鈴鹿市大黒屋光太夫資料室蔵)

 オホーツク港から根室に着いたとき、17人は光太夫・磯吉・小市の3人になっ ていました。12人は途中で次々に死んでしまい、2人はイルクーツクに残りました。 小市も根室に着いて亡くなりました。白子港を出て、根室に着くまで、実に10年と いう歳月でした。光太夫と磯吉は、松前で日本側が受け取り、その後江戸で暮らしま した。
小市の遺品(鈴鹿市大黒屋光太夫資料室蔵)

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